クロネコマナコへ肉球拳
居候先で猫を飼っている。名前はクマ。真っ黒でとても綺麗な毛並みをしている。二歳の雄猫だ。
猫は夜行性と言われるけど、実家で飼っていた猫もクマも家族が寝静まると大人しくしている。
ある晩、一階の部屋からトイレへ向かう最中、階段を見上げるとクマがこちらを見下ろしてウロウロしていた。
今日は元気だな。
俺も元気なのを済ませて寝床につく。
寝る前にドキドキするような記事を読んだせいか、なかなか寝付けない。エキサイティングな妄想がどんどん膨らむ。
ハッ!!!突然思い出す。
明日の朝食に取っておいた焼き魚をラップもせず台所に置きっぱなしだ。冷蔵庫に入れるのを忘れた。
飛び上がり、急いで台所へ向かう。
遅かった。
皿には骨だけが無惨な姿で残っていた。ビニール袋で密封した残骸を捨てて真夜中に皿を洗う。
足元でクマがウロウロしている。
やってくれるぜ。
恐らくクマは住み処の新入りとして俺をまだ認めていない。
朝起きて部屋のドア開けると足音もたてずにダッシュでクマが浸入してくる。猫は大好きなのだけど神は残酷なもので"猫アレルギー"という持病を与えられた。宙に舞った毛が目の中に入ると痒みと涙が止まらない。
しかしクマは短髪で毛が抜けにくい。越してきて症状を発祥した事が一度もないが、本能的に取ってしまう距離感がクマの探究心をくすぐっているのだろう。
部屋の中で鬼ごっこが始まる。
弧を描くように永遠と部屋の中を逃げ回る。一生終わらないので気が済むまで部屋を探索させる事にした。窓とソファの隙間で静止したり、潜入捜査しているような緊張感で収納の中を嗅ぎ回っている。
満足したのかドアの前で「出してくれ」と言わんばかりにこちらを見ている。抱っこしてみる。目を瞑りながら心地良さそうに腕の中へ収まる。やはり猫はかわいい。
同じ調子でお腹を撫でたその瞬間、目を鋭く開くと瞬時にクマの右ストレートが俺の左目に炸裂した。肉球の感触が残る。俺を蹴り飛ばし、倒れながら開けてあげたドアの隙間からテッテッテッと去っていた。
やってくれるぜ。
先輩の激昂スイッチがどこにあるのか、機嫌を取るには何をすれば良いのか、直接聞くことはできない。
欲を満たすという行為はそれほど難しいのだ。
道のりは険しい。