うんこみたいな日々

を過ごす。

逃げるは恥だし密になる

バイト先へ向かう最中、コロナウイルス感染防止対策のため電車内の窓が全て開いている。

 

小説を読んでいたところ、鼻くそのような汚れが紙についているのに気づく。畜生。フリマアプリで購入したため前の持ち主がほじりながら読んでいやがったか。ああん?

中古品ばかり購入するので疑いを持つことは度々ある。

 

汚れを取ろうとするが取れない。むしろ、どんどんと鼻くそと思われる汚れが発見される。


違う、雨だ。


全体の3分の1程開かれた窓の隙間から強烈な雨水が小説を濡らす。気付けば外はザーザーぶりだ。すぐさま小説を鞄にしまう。

雨は収まる事もなくどんどんと侵入範囲を広げていく。まずい、洗濯物を乾かすために部屋の窓が全開だ。

そんな事はどうでもいい。どうでもよくないけど今はどうでもいい。それより額にまで雨が直撃している。風向きの影響もあってか車内で唯一、自分だけピンポイントに降り注がれる。なんだこの状況は。

 

恥ずかしい。

 

前に座っている外国人のお姉さんが目蓋をかっぴらいてコチラを見ている。元々そういう目なのかもしれない。


強まる雨音と共に尋常じゃない量の雨が通路に叩きつけられる。チラ見する視線も感じる。

 

ヤバイ。どうしよう。すぐに席を移動しようかと試みたが一席ずつ等間隔にみなさん乗車している。密だ。密になってしまう。

 

顔を避けたり手でガードしたいが、車内全員の姿勢が固定されたこの空間に置いて無駄な動きは命取りだ。「うわ...あの人にだけ降ってるワロタ。一人だけ格闘してるワロタ。」と思われてしまう。ダメだ恥ずかしい。

 

席を立ってずぶ濡れのまま別車両へ移動するのも逃げたみたいでカッコ悪い。全員が真顔かつ無言でチラ見する状況が作り出した謎のプライドが許さない。

 

静止したまま真顔かつ無言で必死に考える。どうすればいいんだ。

 

一人悩んでいるとドアを挟んで隣のシートに座っていた40くらい、会社勤め風の男性が席を立った。髪が濡れている。俺と同じ状況下におかれていたのだ。勝手に仲間意識が芽生えていた自分には分かる。悩み抜いた末に何かを決断した凛々しい顔が。

 

男性は立ってすぐに振り返り、雨を防ぐため窓を閉めようとした。換気が必須なご時世になってから幾度と目にする光景から理解したが電車の窓は非常に扱いが難しい。案の定、男性も窓を閉めるのに苦戦している。両手を使い踵を浮かしてまで閉めようと格闘したが諦めて乗客の視線を浴びながら別車両へと退場してしまった。

 

恥ずかしい...!

 

ヤバイヤバイ。今度は俺の番だ。もうシャワーを浴びたくらい髪の毛が濡れている。

 

恥ずかしい状況を打破できた事などあるだろうか。

 

小学生の時、体育の授業に備えてジャージの下に予め体操着を着ていた。運動場で休み時間を過ごしたまま、裸体を晒さずその場で体操着になって授業に移行するためだ。

 

休み時間終了の5分前、体操着セットになって残り数分間、遊んだまま授業に突入しようと決めた。上下に着ていたジャージを脱いで走り出す。

走り出して10秒くらい。「行こうぜ」と一緒に走り出した友達や同じグルーヴで過ごしてない女子までもが静止して自分に視線を注ぐ。

「なんか顔についてる?」くらいの感覚で走るスピードを緩めながら自らを確認すると、下半身がパンツのみになっていた。爽やかな笑顔にパンツ姿で校庭を走り回っていたのだ。

 

どうやらジャージのズボンと共に体操着まで脱いだ事に気がつかなかったらしい。はいてる感覚すら感じさせないなんて、なんて優秀な素材なんだ。

恥を抱えたまま、今の光景はなかった事にして無言のまま体操ズボンをはく。以降この件に関して本人に訪ねるものは一人もいなかった。


当時、ボロッボロのアパートに住んでいた。近所の子供達が壁当てに利用する度、木造の我が家は揺れた。台風で屋根の一部が飛ばされて雨漏りする事もあった。硬いワカメのような謎の素材で作られた風呂も白アリが沸き出るトイレもベランダに増設されたものだ。

毎朝、なにも変わらず家を出る自分に対して、それを見る児童達のリアクションは毎回新鮮だった。
「え、近!」
「え、あんな家に住んでるの?」

一人で恥を抱え込むのが嫌で徒歩5秒の通学路を毎朝5,6人程の友達グループに迎えに来てもらった。インターホンもなかったので大声で名前を呼ばれたら大声で返事して家を出る。

 

中学生の時、地元の賃貸マンションに引っ越して大喜びしたけど、高校を卒業して上京するまであの家で過ごしていたらなんか味があったなぁと思う。なんとなく。当時の自分は否定するはずだ。

 

 

結局、どうしようか考えている間に降車駅に着いたので、ずぶ濡れのまま降りる。

 

今度、同じ状況になっても多分動かない。